前回の記事で、「締めきりを守ること」について話した。プロにとっては作品の質よりも締めきりを守ることの方が優先だ(信頼に関わる)。
今回と次回は、具体的な話をする。
締めきりまでの日数が
- 「7日」の場合(けっこう余裕がある)
- 「2日」の場合(かなりタイト。きびしい)
それぞれどのように考えて動くか解説する。
『ぶっつけ本番』ほど恐ろしいものはない。いまのうちに締めきりに慣れておいたほうがいい。(慣れること意外にも、締めきりを設定するメリットはいろいろとある)
『期限つき』の創作をどのように行うか? この記事を読んでイメージを膨らませよう。そして自分で締めきりを設定して曲を作ってみよう。
自分で言うのもなんだけど、今回の記事はセミプロのミュージシャンや駆け出しのプロ作曲家にも参考になるネタだと思う。肌に合いそうだなと思ったら、ためしに取りいれてみてほしい。
目次
オファーが来た
ある日、きみに曲を作ってほしい、という依頼が来た。
相手はレコード会社、音楽制作会社、インディーズレーベル、地下アイドルの事務所、知りあいのバンドなどさまざまだろうけど、今回はメジャーのレコード会社ってことにしよう。
オファーの内容はこんな感じだ
- ロック。アップテンポ。ノリのいい曲
- イメージは「~~~(バンド名や曲名)」
- アニメの主題歌のコンペ
- アレンジは最低限でかまわない
- 期限は7日
現在きみには、急ぎの仕事はない。当然、引きうける。
さてここで、ちょっと考えてもらいたい。三十秒でかまわない。
きみだったら『どんな感じで7日間を過ごすか?』考えてみてほしい。
イメージができたら次の章に進もう。ぼくの取り組みかたを紹介する。
7日ある場合の取り組みかた
ぼくなら最初から2曲作る前提でスケジュールを組む。
『1曲でいいのに2曲も作るなんて、無駄じゃないか』
と思う人がいるかもしれないけど、それは誤解だ。たくさんのメリットがある。理由はおいおい説明する。
2曲の内訳
- 相手のリクエストに沿った、約束を果たすための曲(A曲とする)
- もう1曲は、半分遊びでリラックスして取り組む、変化球の曲(B曲とする)
B曲のコンセプトは意図的に変えよう。たとえば、
- メロディーや構成にこだわった、少し奇抜な曲
- 相手が望んでいる曲調とは、少しちがった雰囲気の曲(逆提案する曲)
- 1曲目を作っているときに出てきたけど却下したアイデアを再利用した曲
こんな感じで方針を決める。
どちらから作るか?
もちろんA曲から作る。
2曲作ることにすれば、A曲を作るときも少しはリラックスできる。これが大きい。アイデアが出やすいし、視野が広がるぶんミスも減る。
『1曲で勝負』と考えると、いきなりベストなものを作ろうとして力が入る。気持が硬直する。いいアイデアが出る状態から遠ざかる。『どうせ2曲作るんだから』と考えることで、余計な力を抜こう。
アレンジは『最低限でいい』と言われているから、こだわりすぎないようにする。(ただし、相手によってはパッと聞いたときのインパクトで曲を決めたりするから、余裕があればあとからアレンジを派手にする)
A曲は2~3日でさくさくと形にする
『いいアイデアが出たら、あせらず大事に作った方がいいんじゃないの?』と思うかもしれない。しかし、ちょっと考えてみてほしい。
細部にこだわりすぎると、ずるずると時間が過ぎて、いつのまにか期日が近づいている、ということがある。
ムダな疲れ、気苦労を回避しよう
きみはバイトの面接やクライアントとの打ち合わせの時刻など、「絶対に遅刻できない日」に遅れそうになって、ジリジリした経験があるだろうか。
恥ずかしいけど、ぼくは何度かある。あれはすごく疲れる。こちらに悪気がないぶん独特のツラさがある。そんなときに限って渋滞にはまったり、電車を乗りまちがえたりする(ぼくは十代のころ、あせって反対の電車に乗ってしまったことがある……)
イライラしたりクヨクヨしたりして、精神状態も好調とはほど遠い状況になってくる。
音楽関連の作業でも「期日を守れるか、守れないか」ぎりぎりのところをさまよう状況はできるだけ避けたい。きみの能力を充分に発揮できないからだ。さらに寝不足や体調不良が重なると、本来の能力の半分も発揮できないだろう。
(注1)追いつめられて、余計なことを考える暇が無いとき、なぜかいい作品ができることもある。ぼくだけではなく、いろいろな人が誌面、インタビューなどでそう発言している。ただ、それをくり返していると消耗していく。理想はそこそこのゆとりがある形だろう。
(注2)やむにやまれず『締めきりぎりぎりの状況』を受け入れざるを得ない状況もある。そのときは腹をくくってがんばるしかない。そういうゲームだと思うことにする。
こういう事情があるから、A曲はさっさと作る。(時間があまったらあとで粗い部分を調整すればいい。数日経てば客観的に自作曲のチェックができる)
2曲目は冒険ができる
A曲がとりあえず形になれば、肩の荷が降ろせる。締めきりから解放された。B曲は自由な気分で、のびのびと楽しく作ろう。前向きな攻めの姿勢で、創作に取り組む。
結果、B曲が『相手の要望とはかなりずれたけど、なかなかいい曲になった』ということがある。このとき最初に作ったA曲が活きてくる。
「1曲はご要望どおり作りました。もう1曲はコンセプトがずれてしまいましたが、もしかしたら気に入っていただけるかもしれません。ためしに聞いてみてください」
こういう感じで、A曲にB曲を添えて提出できる。そしてこのB曲のほうが採用されるケースが、音楽業界ではたびたびある。知りあいにプロの作曲家や作詞家がいたら聞いてみるといい。
ここまで、「2曲作ること」のメリット3つを紹介した。
(万全の体制で締めきりを守る、リラックス、B曲で冒険)の3つだ。その他のメリットを、次の章で補則する。
2曲作るメリットの捕捉
メリット4 いつもとちがう緊張感を利用する
『他人に依頼されている』『うまく行けばそれなりのお金が発生する』という状況だと、いつもとはちがった緊張感のなかで作業することになる。これをうまく利用して、せっかくだからもう1曲ものにしてしまおう。どちらか1曲が採用されたら、もう1曲は大切な財産としてストックする。他のコンペに提出したり、所属しているバンドのオリジナル曲として使う。
メリット5 エンジンがかかりやすい
『7日で1曲作ればいい』と考えると、やる気になるまで時間がかかる。えらそうなことを言っているけどぼくもそうだ。宿題や課題、仕事のしめきりなどで、身に覚えがある人もいるだろう。最初に『7日で2曲作る』『そういうゲームだ』と決めてしまえば、早めにスタートダッシュができる。
メリット6 ボツネタの再利用
1曲目を作っているあいだに、Aメロ、Bメロ、サビそれぞれで、三つずつぐらいは却下したネタがあるはずだ。「締めきりのプレッシャー」から解放されたあとで、これらのネタをいじってみよう。Aメロのコードをサビに使ったり、元のサビメロを、思いきってぶつ切りにしたり、高低を変化させたりする。こういう作業で、曲の核になるアイデアが見つかることがある。他の捨てた部分も、組みあわせるといい流れになったりする。
メリット7 いったん離れることで客観的な判断ができる
上の文章内でさらっと書いたけど、『A曲をとりあえず形にして、B曲を作り、それからA曲のなおし作業を行う』のはいい選択だと思う。集中して曲作りをしていると、客観的に曲をチェックすることが難しくなってくる。2、3日あけることでクールダウンして、A曲の不足部分を冷静にジャッジする。このほうが作業の効率はいい。
以上、期日に余裕があるときの取り組みかた(2曲作ることのメリット)について話した。
次回は『締めきりまで2日しかないとき』どのように取り組むか、
- 具体的な時間配分
- その他の大切なこと
について話すよ。