メモについての記事のなかで『信頼を得る方法』について話した。今回の話題にすることがらも、信頼に大きく関わる。
今回は『間に合わせる』こと、そしてその周辺のことについて話す。
目次
こだわりと約束
ミュージシャンなら、オリジナル曲の質にはこだわりたくなるだろう。
『自分が満足できないものは、他人に聞かせたくない』と考える。
神は細部に宿ると言う。荒んだ気持で書き散らした曲より、心をこめて手間ひまかけて作った曲の方が魅力があるはずだ――まちがっていない。この考えに沿って、
- ちょっとだけ鳴るギターのカッティング
- 主メロの音数(細かい符割りのAメロで、1音多いか少ないか)
- フィルのちょっとしたちがい
- ストリングスの減衰時間
こういう細部にも、満足が行くまで手を加える。
これは表現者にとって『いいこと』のはずだ。しかしこの欲求を無制限に貫くと、問題が出てくる。
プロの現場では『より質が高い曲、よりかっこいい曲を作る』ことよりも大切なことがある。『約束の期日までに形にしている』ことだ。
音楽に限らず、他の分野でもおなじだろう。
- 第一優先は納期を守ること(約束を守ること)
- 二番がクオリティ
だ。ここをはき違えると信頼関係がくずれてしまう。
シンガーソングライターやバンドの場合
作曲家以外を目ざして活動している人にも、ぼくは『こだわりすぎないこと』を勧める。
せっかくオリジナル曲を作りはじめても、いつまでも完成しなければ活動が鈍化していく。テンションも下がる。
『気持ち短め』の締めきりを仲間内で共有して、サクサク曲を作る。どんどんアレンジをする。少しくらい粗い部分があっても、気にしない。そのほうが、長い目で見ればプラスが大きい。
- 経験値が溜まる
- オリジナル曲の数も増える
- 失敗曲もあるだろうけど、中には『なかなかいいな』と思える曲もあるはずだ
- 既存曲の聴き方が変わってくる。これも上達につながる
※もちろん、適切なこだわりは必要だよ。その件についてはこの記事の下の方で取りあげる。
※納得がいかないなら、実験としてある曲をものすごくこだわって作ってみるといい。しかしその曲を含めたオリジナル曲数曲を人に聞いてもらうと「あ、これ以上はムダなんだな」と気づく。ほとんどの一般的なリスナーの『好き、嫌い』や『いい、悪い』の判断基準は、細部へのこだわりとは別のところにある。
完璧な作品、完全な満足は存在しない
真の意味で、完全に満足がいくことは無い。
『完璧・完全』は、他者の評価の中にはあるかもしれないが、創作者本人の中にはない。
作りつづけていればわかる。理想はもっと高い。なおしたい部分がいくつもある。でも、まあこれぐらいでいいだろう。なおしたところで他人が聴いた印象はほとんど変わらないし。気づかれないことのほうが多いし。それに肝の部分はいい感じだし――。
プロの創作者の実感は、たいていこういう感じだと思う。
泣きたくなるような最悪のパターン
たとえば、どこかのレコード会社のディレクターが、きみ(もしくはきみのバンドに)に『今月末までに曲を作ってくれる? 雰囲気は~な感じで』と連絡してきたとする。
最悪なのは、『期日になっても曲ができていないこと』だ。少なくとも『イントロ、A、B、サビ』までは作っておきたい。
相手にも予定がある。忙しい人も多い。その中できみ(もしくはきみが所属しているバンド)を信頼して、もしくは引きあげようとして、声をかけてくれた。
きみもそれはわかっている。だから期待にこたえようとして、過去最高の曲を作ろうと全力で努力した。しかし、うまくいかない。そのまま時間だけが過ぎてしまった。
「もしもし。このまえたのんだ曲、できた?」
「すいません、まだ形になっていないんです。サビの案はいくつかあるんですけど」
「――」
おそらくこの相手から声がかかることは、二度とない。
悪気はなかったけど、結果として失望させてしまった。そして信頼を損ねた。ひどく落ちこむ。後悔する。立ちなおるのに時間がかかる。
こういう事態は避けたい。できればきみには一回も経験してほしくない。では、どうすればいいか。大切なことがいくつかある。
曲作りに慣れておく
いつも言っていることで恐縮だけど、真実だから仕方がない。まず、慣れること。『慣れはほぼ万能』だ。いい効果がたくさんある。
- 緊張しにくい
- 疲れにくい
- アイデアが出やすい
- コスト(時間、手間、労力)がかからない
慣れるために、『依頼が来た』前提で曲作りをしてみよう。目標やコンセプト、締めきりを明確にして曲を作る。作れば作るほど慣れていく。
コーチしてくれる人間がそばにいると、締めきりにプレッシャーがかかって良い。客観的な意見を聞けると、成長が早まる。
どれぐらいの時間で一曲完成させられるか、把握している
作曲は、早いときは一時間かからない(かかるときは何日もかかる)。
自己評価70点の曲ならどれぐらい時間があれば『絶対に』作れるか? そう自問自答しよう。
そして、実際に作れるか試してみよう。もちろん慣れれば慣れるほど、同レベルの曲を作るのにかかる時間は短くなる。作業が前に進まなくなったとき、どうすればいいかわかってくる。
避けたいのは、『背伸びして実力以上の作品を作ろう』とすることだ。これは危険だ。時間ばかりかかって、完成しない恐れがある。
残念なことに音楽は、気合いを入れればうまくいくというものではない。むしろ、逆に作用することが多いとぼくは思う。
頼まれて作るときは『七十点でOK』というつもりで作る。あれこれうまくいって、意外に八十点ぐらいになってしまうこともある。そうしたら、ばっちりだ。
いますぐにものすごくいいものを作ろうとすると空回りする。それより経験を積んで『きみにとっての七十点』の品質を上げてしまう。そのほうがいいと思う。
一曲が完成するまでのステップ(各工程)を理解している
曲から作るか、詞から作るか。トラック作りからはじめるコンポーザーもいる。DJならネタのピックアップがスタート地点かもしれない。
たったひとつの正解なんかない。
しかし各人『自分にはこのやり方が合っている』、『このステップだと、できあがる曲がいいものになりがち』という作業の手順があるはずだ。(もしまだ無いなら、早めに確立したい。いろいろな作り方を試してみよう)
各ステップの、効率のよい取り組みかたを知っている
これも人によって変わる。ただし『賢いやり方』はある。
例えば曲ができて、アレンジに取りかかるときだ。95%以上の人が、ドラムトラックから作るだろう。
ごくシンプルなドラム、そしてコード(キーボードかギターで簡単に)という順番だ。これはあとで差し替える前提の、案内のためのトラックだ。
次に仮メロを入れる人が多いと思うけど、ここで仮歌を録音する。仮歌は、気合いを入れて本気で歌う。(もしくはだれかに歌ってもらう)。人の声はおどろくほど情報量が多い。歌がある状態でアレンジをすると、ムダな作業を回避できる。
(オケが厚すぎて歌の邪魔をしている。せっかく録音したトラックを削らなきゃ…… という状況を避けられる)
ストック曲がある
ストック曲があると安心だ。
怪我をして入院、などの不測の事態が起こったら、ストックの中から依頼に沿ったものを選んで提出する。
いざというときの備えがあると、のびのび創作に取り組める。それに、ついでに提出したストック曲が採用されるケースも意外とある。「ラッキー!」って感じだ。その前提でコンペに挑めば、その場で採用されなくても落ちこまずに済む。
バンドメンバーで曲を持ち寄るときも同じだ。却下された曲は、ちゃんと取っておこう。いつどこで陽の目が当たるかわからない。
なかなかうまくいかないとき、どうすべきか知っている
だれにも不調のときはある。
それでも自分なりの「OKライン」を越えるモノを生みだすのがプロだ。不調のとき、どう自分自身を回復させるか。やりかたはいろいろある。自分にあった方法を見つけよう。
ぼくは「サウナに行って汗をかく」「食事の量を減らす」「酒を飲まない」「寝る」「ゆっくりストレッチをする」「筋トレをする」「高級なケーキやフルーツを食べる」「行きつけの鍼灸院で見てもらう」このあたりをやっている。
体と心のコンディショニングをしている(調子をキープする)
意識的にコンディショニングを行えば、不調の波をゆるやかにしたり、頻度を減らすことができる。
たとえば「軽い運動」、「瞑想」、「ストレッチや筋トレ」、「睡眠の質を高める工夫」、「食事の改善」、「マッサージや鍼」、「恋人やペットと触れあう」、「自然に親しむ」などが有効だろう。
これも相性がある。きみに効く方法はきみにしかわからない。実験だと思って、あれこれ試してみよう。
(ぼくは鍼と瞑想を数年前から取りいれた。ぼくにはとても効く)
肝心要(かんじんかなめ)の部分がどこか、知っている
ものすごく小さなところに、こだわりすぎていないか。
他人の曲なら、「そこに時間かけないでいい。A案でもB案でも大差ない。っていうか時間かけるぐらいなら無くていい」
とバッサリ斬りすてられるのに、なぜか自分の曲だと迷ってしまうものだ。初心者は特にこの傾向がある。
では、オリジナル曲を作る上で、肝心要の部分はどこか。
ケースバイケースだ。コンセプトによっても変わる――と、これだけだとなんだか逃げているようだから、誤解を怖れずにざっくり言ってみる。
曲の肝と、優先順位
一般的な歌ものの曲なら「一番のBケツからサビ入りの部分」が肝だ。いかにこの部分を盛りあげるか。そこにエネルギーを投入する。
「作曲、アレンジ、ミックス、作詞、歌の録音」すべての工程で、最優先事項は「Bケツからサビ入りの盛りあがり」となる。
優先順位その2は「サビ入り以降~サビ終わりまで」だ。次がAメロの入り。次がBメロだ。なんならBメロ無しでAサビ構成にしてもいい。もっと細かくわけることもできるけど、ざっくり言うとこんな感じだ。
サビができていないのにAメロ候補の三案で悩んでも仕方がない。
ぼくも何度も失敗したから、気持はわかるけどね。
工程の優先順位
ちなみに工程そのものの優先順位は、ぼくの場合は通常「作曲→作詞→アレンジ」だった。曲がよければいい詞がはまる。ギター一本で聴かせられる曲なら、アレンジもしやすい。
ただ、それだけだとワンパターンになるので、たまに優先順位を変えた。音重視で「アレンジ→作曲→作詞」で作る。この場合、工程そのものも変わる(まずトラックを作ってしまう)。
コンペに参加する場合は歌詞は別口なので、優先順位は「作曲→アレンジ→→→仮歌用の歌詞」となる。(仮の歌詞は適当。歌いやすければ良い。ラララで歌う部分もある)
ジャンル、コンセプトによって優先順位は変わる
たとえばメタル、EDM、演歌、シャンソンでは、エネルギーを投入する部分が異なって当然だ。
『ライブで盛りあがる、自分たちのバンドのための曲』か、『人に提供する曲』か、そういうコンセプトによっても変わるだろう。
自分の得意分野、取り組んでいくジャンルのなかで、肝心要の部分はどこか? それは常に考えているべきだ。
『納期までの期間によって、取り組みかたを変える』というテクニックもある。これは話が長くなるので、次の記事に回す。