成長の速度を速める、とても強力な方法 (2/2)

やりがちだけど、なんとか避けたいこと

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本当に多くのミュージシャンが、おなじようなまちがいを犯して、時間と労力を無駄にしている。一番よくないのは、

  • 「人に聞かせて恥ずかしくないレベルの曲ができたら聞かせよう」
  • 「いまはまだまだだから、自分で満足できる演奏ができるようになったらライブをしよう」

と考えることだ。ぼくにも経験がある。

「レベルが低くて恥ずかしいけど、いまはこれが精一杯なんです。アドバイスをもらえませんか?」と言えるようになろう。

たいていの人は、きっと親身になって、ひとつかふたつはアドバイスをくれる。きみがひとりで学んだり研究したら、半年かかってようやく気づけるようなことを、その場でパッと教えてくれることもある。

相手によっては、アドバイスがまとはずれなこともある。相性があるからこれは仕方がない。

その人が親身になって助言をしてくれているなら、内容はともかく、その行為に対してきちんとお礼を言おう。

『まとはずれ問題』を解決する方法は、アドバイスを乞う相手を複数にすることだ。二、三人におなじ問題について、助言してもらえると良い。(ただし以下の状況だったら話は別だ)

もしきみに師匠と呼べるような人がいるなら

先生、師匠。そう呼べるような相手がいるなら、話は変わる。

きみが「まとはずれかな?」と思うようなアドバイスも含めて、素直に受け入れたほうがいい。

付き合いがそれなりに長いなら、その人はきみの個性や過去のあれこれも把握しているはずだ。いまはまだきみが気づいていないこと、理解していないことも考慮に入れて、助言をしてくれている可能性がある。

音楽に限らず、たとえば武術でも、他の創作活動でもこれはおなじだろう。まずは全面的に信頼して、そのとおりにやる。

あるとき「遠まわりかな」「無駄なことをしているかな」という疑問が頭をよぎったとしても、よけいなことは考えずにつづける。結局はそれが一番の近道だし、しっかりとした実力がつく。

師匠がいる場合、ひとつだけ注意する。

音楽業界は、ここ数年で様変わりした。今後もさらに変化していくだろう。

だれでもオリジナル作品を発表できるし、販売もできる。定額制サービスを勘定に入れれば、十年前と比べて「販売されている曲」の数は三十倍以上になっているはずだ。

こういう状況でプロのミュージシャンに求められるもっとも重要な要素は『個性・ユニークさ』だ。

基礎を学ぶ段階から、この点を師匠と共有しておくべきだ。そして、きみの音楽の好みや個性を尊重して、伸ばしてくれる先生を見つけよう。

七百年前から変わらないこと

この記事のテーマは、ぼくのオリジナルではない。大昔から言われていることなんだ。

日本では『徒然草』に似たようなことが書かれている。

『充分な実力がないころから、達者な者たちに混じる。からかわれたりしても、気にしない。そうすることで、自分勝手なやりかたに傾くことなく、芸ごとの王道を進める。最終的には他の誰よりも高いレベルに到達する』といった内容だ。

徒然草は鎌倉時代の末期――1330年から1331年ごろにまとめられたと言われている。六九十年ほどまえにも、おなじように考えていた人がいる、ということになる。

ただし当時と現代には、大きなちがいがある。当時は、芸ごとは特権階級だけがたしなむ遊びだった。現代ではだれでも取り組むことができるし、ネットを使って公開できる。

くり返しになるけど、オリジナリティが重要だ。基礎(演奏、知識)はしっかりと身につけつつ、独創的なものを目ざそう。そのための情報収集、トレーニング、試行錯誤は、可能な限り早い段階からはじめるべきだ。

それでもひるんでしまうなら、逆の立場から考えてみよう。

ずっと実力がうえのミュージシャンとやりとりするのは、どうしても不安だから、まだ決心がつかないかもしれない。

それなら、ちょっと想像してみよう。

  • 十年後のきみは、プロのミュージシャンになっている。
  • 人気も実力も兼ね備えていて、いい曲をいくつも作っている。
  • おしゃれな自分のスタジオを持っている。
  • 刺激になるから、ごく少数のプロミュージシャン志望の若者に、たまに音楽を教えている。

きみのスタジオに、知人が若い少年を連れてきた。

少年は礼儀正しく挨拶をする。プロのミュージシャンになりたくて、オリジナル曲を作っているそうだ。彼はきみに「一曲でいいからぼくの曲を聞いてくれませんか。ぜひ感想やアドバイスをいただきたいんです」とたのむ。

どうだろう?

よほど急いでいたり、お客さんを待たせたりしていないかぎりは、「いいよ」と言って、その少年の曲を聞いてあげるのではないか。

どんなにレベルが低くても――たとえばだれかの曲にそっくりだったり、ギターのチューニングがアバウトだったり、きみの趣味とはかけ離れたジャンルだったりしても――せめて一番の終わりまでは聞くのではないか。

その曲が低レベルだったとしても、わざわざ指摘しない。馬鹿にするはずもない。どこか一箇所、いいところを見つけて、そこを褒めてあげるんじゃないか。

それから、「~~の曲と似すぎている。習作として似た曲を作るのは、すごく勉強にもなるからお勧めだよ。だけどオリジナルと言うのはちょっと問題があるね」

とか、

「チューニングが甘いね。もったいないから充分に気をつけるように」

とか、

「このジャンルのことは、おれにはよくわからないんだ。でもAメロは雰囲気があっていいね。サビは途中で飽きるから、楽器の構成をもう少し工夫したい。九小節目からギターとベースがなにかやれば? キメを作ってもいいかもね」

とか、ちょっとしたアドバイスをしてあげるんじゃないだろうか。

その少年にとっては、きみのアドバイスはすごく貴重だ。それから一週間、もしくは二週間、きみの言葉が頭のなかでぐるぐる回る。指摘されたことを改善しようと努力するだろう。

相手が何歳でも、対応はだいたい同じだろう。礼儀正しく謙虚にアドバイスを求めてくる人間に対して、一流の人はたいてい寛容な気持で向きあってくれる。

もちろん、なにごとにも例外はある。

ごくまれに、こういう状況でも冷たいことを言う人がいる。

小馬鹿にしたり、ひどいことを口にしたり、無視してどこかへ行ってしまう人もいる。

相手にも事情があるから、仕方がない面もある。だけどあまりにもひどいことを言われたら、「この人はこういうタイプの人間なんだ」と思えばいい。

実はこういうシチュエーションでは、技術が劣っている者の「礼儀正しさ、すなおさ、打たれ強さ、勇気」も試されるけど、巧みな者の「寛容さ、やさしさ」も試される。

ものすごく楽器の演奏がうまかったり、いい曲を作るクリエイター全員が、人間として優れているわけじゃない。

むしろどこか変わっている人のほうが多い。愛想がなかったり、自分の創作活動以外には無頓着だったりする。相手が未成年や初心者でも、正直な意見をぶつける人もいるだろう。

「そういうものだ」と思っておくのも大事だけど、それにも限度はある。あまりにもひどいことを言われると気持が落ちこんでしまう。それはもったいないから、そういう相手との付き合いはさっぱりあきらめて、ちがう人を探そう。

気持ちの整理はついただろうか?
まずは、最初の一歩を踏みだしてみよう。心配しているよりも、きっと大したことはない。

最初のひとりかどうかはわからないけど、そのうちきっとすてきな格上ミュージシャンとも知り合える。