音楽は魔法 (不調、もしくは情熱を失いかけているミュージシャンの再起のきっかけになるかもしれない考えかた)

数年以上プロを目ざしてがんばっていると、落ちこんでしまうこともあるだろう。

自信を失ったり、
さぼった自分を責めたり、
将来に不安をおぼえたり、
向いていないのかな、辞めた方がいいかなと考えたり、

そういうことがあるだろう。

今回は、悩んでいるまっ最中の人が「ヨシッ!」となれるかもしれない考えかたを紹介するよ。

ちょっとポエジーで青臭いけど、、、ぼくは二十代前半の悩むことが多かった自分に、この考えかたを教えたいと強く思う。

小説家 F.X.Tool (F.X.トゥール)

F.X.トゥールはあまり知られていない作家だ。短編集を一冊しか出していない。そのなかに『ミリオン・ダラー・ベイビー』が収録されている。のちにクリント・イーストウッドが監督して映画化された。

F.X.トゥールの名前は知らなくても、この映画を記憶している人は多いはずだ。クリント・イーストウッドやモーガン・フリーマンが出演しているし、主演のヒラリー・スワンクはアカデミー主演女優賞を受賞した。

とても厳しい内容だけど、ぼくはこの作品が(原作小説も映画も)大好きだ。トゥールが書いた他の作品も、どれもとても好きだ。

彼は七十才のときに小説家としてデビューした。その二年後に、心臓手術の合併症で亡くなった。
『ミリオン・ダラー・ベイビー』が映画化されるまえのことだ。

経歴がまた面白いので、簡単に紹介する。

  • アメリカ出身で、スペインで闘牛士になる。
  • 牛の角に引っかけられて負傷し、やむなく帰国。
  • バーテンをして三度の結婚と離婚をくり返す。
  • 五十歳近くで急にボクシングに目ざめ、ジムに通ってハードなトレーニングを行う。
  • 間もなく才能に限界を感じてコーナーマン、トレーナーに転向する。(チャンピオンも育成している)
  • 六十六歳の時、心臓発作に襲われ三度の手術を行う。
  • その後、それまで書きためていた小説を完成させ、デビューする。

魔法の世界の一員

F.X.トゥールの短編集には『魔法の世界の一員』というまえがきがある。

そこでは、「ボクシングの持つ魔法」「リングのうえの魔法」「それも魔法だ」「本物の魔法だ」「正真正銘の魔法だ」と、やたらと面白いリアルな逸話とともに、何度も何度も魔法という言葉がくり返される。

彼の言葉を借りるなら音楽も魔法だ。

  • 専用の道具を使って、音を発生させる。
  • 音を重ね、連ね、変化させて、人の感情を揺さぶる。
  • 一度に数万人以上の人の心に、影響を与えることもできる。

(ライブエイドなどの大規模イベントの他、十万人を越える規模のライブは過去にいくらでもある)

  • 観衆を興奮させたり、
  • やさしい気持にさせたり、
  • 過去の記憶を甦らせて号泣させたり、
  • 自殺を考えるほどつらくて仕方がない人を、満ち足りた気分にしたりする。

どうだろう。音楽を魔法と言ってもいいような気がしないだろうか?

他にも、魔法的な要素はある。

きみがデビューしたとして、その熱烈なファンになった人は、きみがライブの告知をすればそのライブを、きみが新作をリリースすると告知すればその作品を、心待ちにして過ごす。

数ヶ月か、半年か、一年以上になるかもしれないけど、その人はきみのライブや新作のことを考えれば、

  • つらくて仕方がない日常も耐えられる。
  • 楽しみがあるから仕事に張りあいが出る。
  • いつもより他人にやさしくできるかもしれない。

きみに熱烈なファンが五人いればその五人が、五万人いればその五万人が、こういう状態になる。

やっぱり音楽は魔法なんじゃないか、という気持に少しはなっただろうか。

音楽が魔法だとすれば、ミュージシャンは魔法使いだ

音楽の入門者は、魔法の入門者だ。
音楽の初心者は、魔法の初心者だ。

一流のプロミュージシャンは、ある種の魔法のプロフェッショナルと言っていいだろう。

ギタリストやキーボーディストなら、両腕を動かすだけで他人の心を操ってしまう。ボーカリストなら道具も使わない。自分の体ひとつで魔法を使う。

その気になれば、はげしく感情を操ることができる。興奮させたり、絶叫させたり、号泣させたり、清い気持にさせたりしてしまう。

音楽に真剣に取り組みつづければ、きみにもそういうことができるようになる。

このことを、一度じっくり考えてみてほしい。

当然、必要なこと

あたりまえだけど一流の魔法使い(一流のミュージシャン)になるためには、修行が必要だ。

ハリー・ポッターだって一年生のときから強力な魔法が使えたわけじゃない。

基礎練習が必要だ。何度もくり返して、体におぼえこませて、慣れる必要がある。

演奏の練習だけでなく、テキストなどを読んで、音の成り立ちや効果的な組みあわせ方を学ぶ必要もある。

  • 実践をなんどもくり返すことが重要だ。
  • オリジナル曲をいくつも作る。詞も書く。
  • いろんな演奏方法をマスターして、ライブを何度もこなす。

その仮定で、じわじわと経験値が増えて、実力がついていく。
気づくと、入門当初はどんなにがんばってもできなかったことが、当たり前のようにできるようになっている。

壁にぶつかる

さらにつづければ、そのうち壁にぶつかる。だれもが経験することだ。

曲ができない。詞が書けない。あれほど好きだった楽器の演奏がなんだか楽しめない。

こういうとき、感性の豊かなミュージシャンほど、

  • 『自分には将来性がない』
  • 『才能がない』
  • 『なにかが決定的に欠けている』

と考えがちだ。ここで挫折してしまう人が大勢いる。

でも、きみが大好きなミュージシャン、だれもが名前を知っているようなミュージシャンは、みな自力でその壁を乗りこえた。

きみも、あきらめないほうが気分がいいのではないか。あきらめると楽になるけど、空しさが生まれる。音楽が大好きな人にとって、音楽以上に楽しめるものを見つけることは簡単じゃない。

いまは自信がなくなっているかもしれないけど、流れが変われば勢いも出る。気分も変わるだろう。

壁を越えるためには

こつこつとつづける。

いろいろ試したり、研究したり、日課にしているトレーニングをこなしたりする。

シャベルの先で、ぶあつい壁をこつこつ叩くような感じだ。無意味な行動に思えるかもしれないけど、それでもつづける。

すると、ほんの少しずつ壁が削られてくる。それに気づくと気持が楽になる。いつかは穴があいて向こうがわへ行ける、とわかるからだ。

あとからふり返ってみれば

はじめるまえ、想像している段階では、『そんなのいつ終わるかわからない。つらくて苦しそうだ』と思うかもしれないけど、あとから振りかえってみると、あっという間に感じたりする。

それに、いい思い出になったりもする。

できれば、壁をこつこつ削る作業をしているときも、その作業自体を楽しめるといい。楽しんでいるとき、人の脳は活性化する。きみが持っている能力も最大化する。

無意味な作業だと思ったり、苦しい作業を強制されていると感じると、反対に記憶力も発想力も鈍るだろう。だから無理にでも自分の意識を『楽しんでいる気分』に持っていったほうがいい。

オカンみたいなことを言うけど

運動をして、栄養のある食事をしっかり取り、よく眠ろう。気分転換や休憩を大事にする。

刺激が欲しいときは、ゲーム感覚で練習や作曲をしてみよう。たとえばこんな感じだ。

  • 時間を区切って、短時間でだれかのフレーズをマスターしてみる。
  • 好きなミュージシャンの曲を、「世界でおれが一番くわしい!」と胸を張れるぐらい、ものすごく細かく研究してみる。
  • ものすごくシンプルなフレーズだけで作曲してみる。
  • 反対に、複雑怪奇なフレーズで作曲してみる。
  • 演奏も、わざと極端なことをしてみる。
  • エフェクターの組み合わせ、リズムトラックなどで通常ありえない選択をする。

これも効果がある

ものすごくあせっていたり、いらいらしていても、乱暴な動作はやめたほうがいい。自分がさらにむしゃくしゃするだけだから。

  • 楽器や機材は、これ以上ないほどやさしくあつかおう。
  • コード譜やメモも、あえて時間をかけてゆっくり書く。
  • 演奏や作曲をはじめるまでの支度に、たっぷり時間をかけよう。

こういうことをくり返すだけでも、プラスの効果が実感できるはずだ。

どうだろう。『やってみてもいいかな?』という気分になっただろうか。

最後に、さらに楽になる真実を

もうひとつだけ、ちょっとしたアドバイスをしてこの記事を終えよう。

ぼくはいま四十代だけど、過去にもどれるなら二十代の自分に教えてあげたいことがある。

きみが現在二十代前後ならピンとこないかもしれない。でも、とても重要で、きみ自身が楽になることだ。いいかい。

 

音楽の分野でも、ただ時間が過ぎるだけで解決することがある。
本当だよ。大切なことほどこの傾向が強いとぼくは思う。

  • いいメロディーは、どうやったら生みだせるのか?
  • 名曲を作りたいけど、どうしていいかわからない
  • オンリーワンのプレイヤーになりたいけど、どうすればいいのか?
  • レコード会社と契約したい。いまの自分に足りないものは?
  • バンドで成功したい。なにが必要なのか。具体的にどうすればいいのか?

いま現在、どれだけ考えてもわからないこと。これが数年後にハッと気づいたり、自分なりの答えが見つかったりする。

特別なきっかけを無理に探さなくても大丈夫だ。日々の練習や創作活動をつづけるだけでいい。

ただし、試行錯誤はもちろん必要だよ。失敗もできるだけたくさんしておいたほうがいい。地味な基礎練習もつづける。オリジナル曲のストックも増やす。必要かもなと思う本などがあれば、お金を払って入手する。

やればやるほど経験値が上がる。
そしてあるときグイっと一気にレベルが上がる。それ以前はどうしてもわからなくて悩んだり苦しんだことが、当然のようにわかる。

そのときが来れば、きみもきっと「これか!」と実感できる。